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第12部 世界の占い事典 / 12-7

南北アメリカの占い

中米のマヤやアステカでは、一年とは別に「二百六十日でひと回りする暦」で日を数え、その日の組み合わせで吉凶や生まれた子の性質を読みました。グアテマラの高地には、今もこの暦で日を数え、儀礼の日を選ぶ人々がいます。2012年に話題になった「マヤ暦の終わり」の本当の意味も、ここで分かります。

この記事で分かること
  • マヤとアステカの「二百六十日でひと回りする暦」が、どんな仕組みで、何に使われたか
  • 生まれた日の暦で運命を読み、名付けの日まで選んだアステカの考え方
  • 2012年に話題になった「マヤ暦の終わり」が、本当は何の区切りだったか

暦そのものが占いだった

マヤとアステカの二百六十日暦は、なぜ二百六十日なのかが はっきりしていません。よく挙げられる説は次のとおりです。

二百六十日暦は儀礼や占いに、三百六十五日の暦(ハアブ)は季節と農作業に、と使い分けられ、二つを組み合わせて日付を表しました。

そして二つの暦が同時に元の組み合わせに戻るのが、五十二年ごと。 アステカではこの時に新しい火の儀式を行い、国じゅうの火を消して、 山の上で新しく起こした火を配り直しました。 儀式が失敗すれば太陽が昇らず、世界が終わるかもしれないと恐れられていたからです。 最後に行われたのは1507年でした。

暦に書かれた日の性質で日取りを決めるのは、日本で大安を選んで結婚式の日を決めるのと、発想が少し似ています。アステカでは、それが生まれた子の性質や名付けにまで及んでいました(上のトナルポワリ)。日の吉凶を示す六曜(10-1)より、ずっと広い使い方です。

2012年の「マヤ暦の終わり」の本当の意味
マヤには、ツォルキンとは別に、日数を長く数え続ける「長期暦」がありました。 2012年12月21日(ツォルキンでは「4アハウ」の日)は、その大きな桁が一つ繰り上がる日でした。 車の走行距離計の数字が、大きく一つ繰り上がるような区切りです。
マヤの碑文には、パレンケ遺跡のように西暦4772年にあたる未来の日付を書いたものもあります。 マヤの人々は、2012年の先にも時間が続くと考えていたわけです。
日本の暦で、日ごとの「日の性質」を見る

十と十二、二つの周期を重ねて日を数えるのは、日本の暦の干支も同じです。「暦の一覧」で年と月を選ぶと、その月の日ごとの干支・六曜・旧暦・九星の日盤と、二十四節気の日時が並びます。自分の誕生日が何の干支の日だったかも、ここで確かめられます。

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