萬象暦 占いシリーズ > 占い入門 > 南北アメリカ
第12部 世界の占い事典 / 12-7
中米のマヤやアステカでは、一年とは別に「二百六十日でひと回りする暦」で日を数え、その日の組み合わせで吉凶や生まれた子の性質を読みました。グアテマラの高地には、今もこの暦で日を数え、儀礼の日を選ぶ人々がいます。2012年に話題になった「マヤ暦の終わり」の本当の意味も、ここで分かります。
二十の日の名前(イク=風、アクバル=夜……)と一から十三までの数を、同時に一日ずつ進めていきます。「1イミシュ」「2イク」「3アクバル」……と進み、二つの組み合わせが元に戻るのは、13と20の最小公倍数の二百六十日後です。
十干と十二支を組んで六十でひと回りする干支(1-5。六十歳の「還暦」はこのひと回りのこと)と、しくみはそっくりです(10と12の最小公倍数が60)。たとえば2026年は、干支でいえば丙午(ひのえうま)の年です。グアテマラ高地のキチェ・マヤの人々の間には、この暦を読んで儀礼の日を選ぶ「日の守り手」と呼ばれる人々が今もいます。
いまも使われているアステカ(今のメキシコ中央部)の二百六十日暦で、二十の日の印(ワニ、風、家、トカゲ……)と十三の数を組み合わせます。
子どもが生まれると、暦を読む専門家(トナルポウキ)が呼ばれ、生まれた日の組み合わせから、その子の性質や行く末が読まれました。生まれた日が悪ければ、名付けの儀式をよい日まで延ばし、名前の日を選び直すことで、運をよい方へ向けられると考えられていました。スペインの修道士サアグンが書き残した記録に、日ごとの吉凶がくわしく残っています。
歴史上のもの石を円く並べ、中心から放射状に石の列を伸ばした遺跡が、北米の大平原の北部などに残っています。よく知られるワイオミング州のビッグホーン・メディスンホイールは、直径約24メートルの石の輪に、二十八本の石の列があります。
四つの方角や季節と結びつけて祈りや教えに使う共同体もあり、意味や使い方は部族によって違います。生まれ月で動物を割り当てる「メディスンホイール占星術」は、1980年に出たサン・ベアらの本で広まった現代の形で、先住民の団体からは伝統の借用だとする批判も出ています。
現在も受け継がれる十六個の子安貝を投げ、口が上を向いた貝の数で答えを読みます。奴隷貿易の時代に西アフリカのヨルバの人々が持ち込んだ伝統が、ブラジルのカンドンブレやキューバのサンテリアといった信仰の中で受け継がれてきました(12-6)。
いまも使われている飲み終えたカップの底に残った、コーヒーの澱(おり)や紅茶の葉の模様を読みます。中東のトルココーヒー占い(12-4)と同じ発想です。
1920〜30年代のアメリカでは、占いでお金を取ることを条例で禁じる都市があったため、「お茶とケーキを頼めば、茶葉占いは無料」という喫茶店(ティールーム)が、ニューヨークやボストンなどで流行しました。
現在も行われるマヤとアステカの二百六十日暦は、なぜ二百六十日なのかが はっきりしていません。よく挙げられる説は次のとおりです。
二百六十日暦は儀礼や占いに、三百六十五日の暦(ハアブ)は季節と農作業に、と使い分けられ、二つを組み合わせて日付を表しました。
そして二つの暦が同時に元の組み合わせに戻るのが、五十二年ごと。 アステカではこの時に新しい火の儀式を行い、国じゅうの火を消して、 山の上で新しく起こした火を配り直しました。 儀式が失敗すれば太陽が昇らず、世界が終わるかもしれないと恐れられていたからです。 最後に行われたのは1507年でした。
暦に書かれた日の性質で日取りを決めるのは、日本で大安を選んで結婚式の日を決めるのと、発想が少し似ています。アステカでは、それが生まれた子の性質や名付けにまで及んでいました(上のトナルポワリ)。日の吉凶を示す六曜(10-1)より、ずっと広い使い方です。
十と十二、二つの周期を重ねて日を数えるのは、日本の暦の干支も同じです。「暦の一覧」で年と月を選ぶと、その月の日ごとの干支・六曜・旧暦・九星の日盤と、二十四節気の日時が並びます。自分の誕生日が何の干支の日だったかも、ここで確かめられます。
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